エルメンドルフ指揮の神々の黄昏
・ワーグナー:『神々の黄昏』全曲
セット・スヴァンホルム(ジークフリート)
マルタ・フックス(ブリュンヒルデ)
フリードリヒ・ダールベルク(ハーゲン)
エグモント・コッホ(グンター)
エルザ・フィッシャー(グートルーネ)
ロベルト・ブルク(アルベリヒ)
カミラ・カラーブ(ワルトラウテ)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
カール・エルメンドルフ(指揮)
録音:1942年7月21日、バイロイト(ライヴ、モノラル)
カール・エルメンドルフ指揮の1942年バイロイト音楽祭による神々の黄昏の演奏。このCDについては数年前から存在を承知していましたが、そのうち買うかと思ったまま忘れて放置。ところが、先日ルドルフ・モラルトの神々の黄昏全曲のCDの4枚目の余白に第3幕のほぼ全曲が収録されているのを聴いて愕然。慌てて注文、購入しました。
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エルメンドルフはテンポ・ルバートを多用する。頻繁なので、時に作為を感じさせるところも多いですが、意図は明らかで、劇を盛り立て、推進させていく道具として使用しています。その点で、テンポ・ルバートによる悪しき結果として音楽の流れを止めてしまうことはないので、受け入れはしやすいです。
しかし、このテンポルバート、最も効果的で劇内容に必然性を感じさせて寄与したのは第二幕でブリュンヒルデがジークフリートの指に指輪を見つけ、激怒し、ショックを受けてグンターとジークフリートに問い詰めるも、ジークフリートにはぐらかされ、彼がのうのうと(ブリュンヒルデにはそう見える)立ち去っていく際、ジークフリートやブリュンヒルデの諸々の動機が鳴り響いくところで、ここでは極端なルバートにより歪められ、デフォルメされ、これがこのままブリュンヒルデの心に受けた衝撃と戸惑いを表しているかのようです。ここはこの演奏の白眉でしょう
ジークフリートが記憶を取り戻す薬を飲んだ際に徐々に彼の心のうちに想起されてゆく森の動機などの柔らかで夢幻的な表現も印象に残りますが、ジークフリートの葬送行進曲は名演。特にティンパニがうまく、葬送行進曲の終わりの舞台の移行部分でソロが死の動機のリズムを刻むところなど、これ一つで異常に雄弁な演奏となっています。
オケもうまいが、やはり戦前の演奏の聴き物は歌手で、スヴァンホルムは戦後にも活躍したから知る人は多いですが、マルタ・フックスのブリュンヒルデが声量が多く、声に余裕を感じさせる、すーっと通る声で、これは戦後に完全に失われた声でしょう。ダールベルクのハーゲンはやや若々しく、あまり「ワル」ぶりは感じられない声質ですが、ブリュンヒルデとグンターの結婚式のため男どもを呼び寄せ、そこで冗談を言ってふざけるところが雰囲気が出ており、めちゃくちゃにうまい。おそらくこの部分でこれを超える演奏(演技)は他にないでしょう。先のスヴァンホルムも絶好調で、圧倒的な声量です。
合唱の発音もよく、先のハーゲンの冗談のやり取りのところといい、古き良きドイツ(ナチ政権下なのでこの言葉を使うのは問題なのですが、戦争によって失われたドイツ文化の香り)を感じさせます。
録音の音質も異常に良く、音は明晰で雑音は一切なし。これを聴いて文句を言う音楽愛好家はいないでしょう。1942年といえばナチス・ドイツの最盛期か。国家の威信をかけた上演、録音だったのは容易に想像がつきます。
巷間、リングといえばクナッパーツブッシュが評判が良く、確かに彼は良い演奏なのですが、(彼のファンは怒るでしょうが)どうしても彼の演奏には「優等生臭さ」が感じられ(スタンダードで破綻もないが、いまいち感興にかける。これを雄大な自然、宇宙の脈動という人間もいるが、もっと神話的性格だけでなく人間と神々の感情ドラマとして鑑賞されるべきではないのか)、この神々の黄昏はワーグナーの楽劇中最も好きな曲のため、他に代わる演奏を探していたのですが、ボダンツキーはローレンスの声があまりに弱いため代表盤にはできず、心が定まらないところだったのですが、これが決定盤として推せそうです。
ヒンデミット指揮のブルックナー交響曲第7番
ヒンデミットが指揮するブルックナーの交響曲第7番のCDを手に入れました。


【曲目】
ブルックナー:交響曲 第7番
ケルビーニ:「メディア」序曲
【演奏】
パウル・ヒンデミット(指揮)
ニューヨーク・フィルハーモニック
【録音】
1960年、ライブ録音
大体私はブルックナーがそれほど好きではない。神への賛美だとか宇宙の鳴動だとかそういうものに興味はなく、生きてるならもっと俗っぽいものに関わりあっていきたいものだと思っています。その点で彼岸への憧憬だともいえるマーラーも同様。シベリウスだけは最も好きな作曲家で、一生聴き続けても飽きることのない数少ない作曲家の一人だと思っていますが。
そんなわけで、通常ならブルックナーなど買うはずもなく、その金をオペラに回すのですが、その日のCD店は特に買いたいものもなく、仕方ないので適当にぼーっと見て回るか、とブルックナーのコーナーを見たら見つけたわけです。「こりゃ面白い」と、逡巡することもなくレジに持ってゆきました。
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聴き始めると、新古典主義者である彼から予想されるのとは裏腹に、思いのほかテンポルバートする。彼の指揮する自作自演のCDも(最近出たメンブランで4枚1400円ほどのCDで)聴きましたが、そちらではイン・テンポで鳴らしていくのが基本で、ブルックナーではまさかここまで細かなルバートを多用するとは思いませんでした。
もっとも、彼自身の作品の新古典的性格と、ブルックナーの「抹香臭い」曲から要請されるロマン性の表現との違いと解釈すればわかりやすいのですが、どうやらもう一つ、彼の音楽観に合うようにブルックナーの主題や旋律を「調整」しているという感じでした。
テンポルバートはよくするとはいえ、結局、予想される通り、ヒンデミットは新古典的な造型を心がけているようです。とはいっても、それは一筋縄なものではないのですが、全体として音色は明るめで軽め(高域でヴァイオリンや木管が絡まりあうようなところで特にそうです)、対位法の旋律の独立は配慮されていますが、くっきり浮き上がらせるというのではない、室内楽的な柔らかさを感じさせます。また、特に特徴的なのは旋律が早く流れていくところで、指揮しているヒンデミットの足踏みでも感じさせるようなすいすいした軽快でなだらかな進行がみられるところで、ここが恐らくは彼の新古典的解釈の最も現れた典型でしょう。第二楽章でもしばしば舞曲的な軽やかさが感じられ、ヒンデミットの音楽の「顔」がはっきりと現れます。
ただ、私は最初にも書いたとおり、ブルックナーは好きではない&ほとんど聴かないのでこの演奏の他の演奏との比較の立ち位置などがほとんどわからない。ブルックナーヲタの人にこの演奏を評価してもらいたいものです。
なお、私はこの交響曲第7番ではロスバウトの指揮を好んでもいます。
【曲目】
ブルックナー:交響曲 第7番
ケルビーニ:「メディア」序曲
【演奏】
パウル・ヒンデミット(指揮)
ニューヨーク・フィルハーモニック
【録音】
1960年、ライブ録音
大体私はブルックナーがそれほど好きではない。神への賛美だとか宇宙の鳴動だとかそういうものに興味はなく、生きてるならもっと俗っぽいものに関わりあっていきたいものだと思っています。その点で彼岸への憧憬だともいえるマーラーも同様。シベリウスだけは最も好きな作曲家で、一生聴き続けても飽きることのない数少ない作曲家の一人だと思っていますが。
そんなわけで、通常ならブルックナーなど買うはずもなく、その金をオペラに回すのですが、その日のCD店は特に買いたいものもなく、仕方ないので適当にぼーっと見て回るか、とブルックナーのコーナーを見たら見つけたわけです。「こりゃ面白い」と、逡巡することもなくレジに持ってゆきました。
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聴き始めると、新古典主義者である彼から予想されるのとは裏腹に、思いのほかテンポルバートする。彼の指揮する自作自演のCDも(最近出たメンブランで4枚1400円ほどのCDで)聴きましたが、そちらではイン・テンポで鳴らしていくのが基本で、ブルックナーではまさかここまで細かなルバートを多用するとは思いませんでした。
もっとも、彼自身の作品の新古典的性格と、ブルックナーの「抹香臭い」曲から要請されるロマン性の表現との違いと解釈すればわかりやすいのですが、どうやらもう一つ、彼の音楽観に合うようにブルックナーの主題や旋律を「調整」しているという感じでした。
テンポルバートはよくするとはいえ、結局、予想される通り、ヒンデミットは新古典的な造型を心がけているようです。とはいっても、それは一筋縄なものではないのですが、全体として音色は明るめで軽め(高域でヴァイオリンや木管が絡まりあうようなところで特にそうです)、対位法の旋律の独立は配慮されていますが、くっきり浮き上がらせるというのではない、室内楽的な柔らかさを感じさせます。また、特に特徴的なのは旋律が早く流れていくところで、指揮しているヒンデミットの足踏みでも感じさせるようなすいすいした軽快でなだらかな進行がみられるところで、ここが恐らくは彼の新古典的解釈の最も現れた典型でしょう。第二楽章でもしばしば舞曲的な軽やかさが感じられ、ヒンデミットの音楽の「顔」がはっきりと現れます。
ただ、私は最初にも書いたとおり、ブルックナーは好きではない&ほとんど聴かないのでこの演奏の他の演奏との比較の立ち位置などがほとんどわからない。ブルックナーヲタの人にこの演奏を評価してもらいたいものです。
なお、私はこの交響曲第7番ではロスバウトの指揮を好んでもいます。
ロスバウトのリヒャルト・シュトラウス管弦楽曲集
ロスバウトヲタクはハンス・ロスバウト指揮のリヒャルト・シュトラウス管弦楽曲集を聴く。


1. Don Juan, Op. 20
2. Macbeth, Op. 23
3. Also sprach Zarathustra, 'Thus spake Zarathustra', Op. 30
SWR Baden-Baden and Freiburg Symphony Orchestra 、 Hans Rosbaud 、
(1. 1958, 2. 1959, 3. 1957)
リヒャルト・シュトラウス自身「私はプロのオーケストラのために書く」といったのは有名で、それだけ彼のオーケストラ書法が演奏困難なものだということですが、そういう曲こそ、とてつもないスコア読解の能力とオーケストラに解釈を徹底させる能力を持ち合わせたロスバウトの指揮は期待できます。
---------------------------------------------
まず、ドン・ファンを聴いたら、予想通りというか期待通りというか、オケのドライブがすごい。動機が重層的に現れてたたみかけるところなどたまりません。これだけオケの制御が出来ていたら個々の旋律、動機ははっきり浮かび上がるし、構造把握はこれ以上ないくらいにしやすくなります。
あまりにすごいのでこのドン・ファンを某日本リヒャルト・シュトラウス協会会員に聴かせたところ、「このドン・ファンは健康的に過ぎる!」とのこと。「ドン・ファンは人間的には腐ったような奴だからもっと退廃的に演奏すべきだ」と。
言われてみればそうだよな。もっとも、私はロスバウト目当てで買って、しかも、彼のオケ操縦がこのリヒャルト・シュトラウスの複雑なオーケストラ曲に合うのは確かだから(もし聴いたらシュトラウス自身も大喜びしたでしょう)、彼の曲の最右翼的な演奏として最大限評価されるべきだと思います。それにヴァイオリン・ソロの金属的で硬質な響きで歌うところが逆に退廃的な淫靡さを感じさせるというところもあります。なんだかんだいってもドン・ファンでは私はこの演奏が一番気に入りました。
マクベスとツァラも同じく構造をはっきり感じさせる演奏ですが、ツァラトゥストラかく語りきの作品はやはりいまいちよくわかりません。音楽自体の(自立した)構成が脆弱なため、聴いていてもぴんとこない作品です。ロスバウトの演奏にしてそうなのですから私はこの作品はこれからも好きになれそうにありません。ニーチェの思想なら本で読むほうが早いし確実じゃないかと・・・。
しかしこのアルバムは大推薦できます。
1. Don Juan, Op. 20
2. Macbeth, Op. 23
3. Also sprach Zarathustra, 'Thus spake Zarathustra', Op. 30
SWR Baden-Baden and Freiburg Symphony Orchestra 、 Hans Rosbaud 、
(1. 1958, 2. 1959, 3. 1957)
リヒャルト・シュトラウス自身「私はプロのオーケストラのために書く」といったのは有名で、それだけ彼のオーケストラ書法が演奏困難なものだということですが、そういう曲こそ、とてつもないスコア読解の能力とオーケストラに解釈を徹底させる能力を持ち合わせたロスバウトの指揮は期待できます。
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まず、ドン・ファンを聴いたら、予想通りというか期待通りというか、オケのドライブがすごい。動機が重層的に現れてたたみかけるところなどたまりません。これだけオケの制御が出来ていたら個々の旋律、動機ははっきり浮かび上がるし、構造把握はこれ以上ないくらいにしやすくなります。
あまりにすごいのでこのドン・ファンを某日本リヒャルト・シュトラウス協会会員に聴かせたところ、「このドン・ファンは健康的に過ぎる!」とのこと。「ドン・ファンは人間的には腐ったような奴だからもっと退廃的に演奏すべきだ」と。
言われてみればそうだよな。もっとも、私はロスバウト目当てで買って、しかも、彼のオケ操縦がこのリヒャルト・シュトラウスの複雑なオーケストラ曲に合うのは確かだから(もし聴いたらシュトラウス自身も大喜びしたでしょう)、彼の曲の最右翼的な演奏として最大限評価されるべきだと思います。それにヴァイオリン・ソロの金属的で硬質な響きで歌うところが逆に退廃的な淫靡さを感じさせるというところもあります。なんだかんだいってもドン・ファンでは私はこの演奏が一番気に入りました。
マクベスとツァラも同じく構造をはっきり感じさせる演奏ですが、ツァラトゥストラかく語りきの作品はやはりいまいちよくわかりません。音楽自体の(自立した)構成が脆弱なため、聴いていてもぴんとこない作品です。ロスバウトの演奏にしてそうなのですから私はこの作品はこれからも好きになれそうにありません。ニーチェの思想なら本で読むほうが早いし確実じゃないかと・・・。
しかしこのアルバムは大推薦できます。
ルドルフ・モラルトの神々の黄昏
ルドルフ・モラルトの神々の黄昏を購入

・ワーグナー:『神々の黄昏』全曲
ギュンター・トレプトウ(ジークフリート)
ゲルトルーデ・グローブ=プランドル(ブリュンヒルデ)
カール・カーマン(グンター)
ルートヴィヒ・ヴェーバー(ハーゲン)、他
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン交響楽団
ルドルフ・モラルト(指揮)
1949年ウィーンでの録音(モノラル)
---------------------------------------------
はっきりいって期待外れ。というよりウィーン交響楽団のオケがひどすぎる・・・。モラルトの指揮に全く付いていっていけなくて、ばらばらになっており、リハーサル不足とこの長丁場のオペラ演奏のやっつけ仕事の臭いがぷんぷんしています。プランドルのブリュンヒルデも声がつらそう。これは「トンデモ盤」に認定してもいいレベル。この演奏についてはこれ以上語る気もありません。ただし、これはどう聴いてもスタジオ録音なのですが、このニーベルングの指輪全曲(モラルトは全曲を録音している)を初めてスタジオ録音したのではないかと思います。録音の音質は良好。
あと、モラルトという指揮者に付言すると彼はリヒャルト・シュトラウスの甥で、指揮ぶりは「細部拡大主義」といっていい芸風です。おじの作品のような絢爛な響きを指揮で引き出す手腕が特徴。この神々の黄昏はだめでしたが、今はパルジファルも取り寄せており、そちらはウィーンフィルの演奏なので期待できます。合う合わないは別として、優れた指揮者なのは確かです。
実はこのCD、CD4の余白にエルメンドルフ指揮の同じく神々の黄昏第三幕がほぼ全曲入っており(はじめのジークフリートとラインの乙女の会話だけなし)、これがまた・・・異常な名演。私の聴いたところ、神々の黄昏の最高の名演はエルメンドルフ盤ではないか。この二つをカップリングしたのはモラルトの演奏に対する当てつけではないかと思ってしまいます。
・ワーグナー:『神々の黄昏』第三幕
セット・スヴァンホルム(ジークフリート)
マルタ・フックス(ブリュンヒルデ)
フリードリヒ・ダールベルク(ハーゲン)
エグモント・コッホ(グンター)
エルザ・フィッシャー(グートルーネ)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
カール・エルメンドルフ(指揮)
録音:1942年7月21日、バイロイト(ライヴ、モノラル)
---------------------------------------------
全曲盤も出ていますが、これは絶対に聴くべき名演です。音質も信じられないほどいい。いずれこれだけで記事に書きます。


・ワーグナー:『神々の黄昏』全曲
セット・スヴァンホルム(ジークフリート)
マルタ・フックス(ブリュンヒルデ)
フリードリヒ・ダールベルク(ハーゲン)
エグモント・コッホ(グンター)
エルザ・フィッシャー(グートルーネ)
ロベルト・ブルク(アルベリヒ)
カミラ・カラーブ(ワルトラウテ)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
カール・エルメンドルフ(指揮)
録音:1942年7月21日、バイロイト(ライヴ、モノラル)

・ワーグナー:『神々の黄昏』全曲
ギュンター・トレプトウ(ジークフリート)
ゲルトルーデ・グローブ=プランドル(ブリュンヒルデ)
カール・カーマン(グンター)
ルートヴィヒ・ヴェーバー(ハーゲン)、他
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン交響楽団
ルドルフ・モラルト(指揮)
1949年ウィーンでの録音(モノラル)
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はっきりいって期待外れ。というよりウィーン交響楽団のオケがひどすぎる・・・。モラルトの指揮に全く付いていっていけなくて、ばらばらになっており、リハーサル不足とこの長丁場のオペラ演奏のやっつけ仕事の臭いがぷんぷんしています。プランドルのブリュンヒルデも声がつらそう。これは「トンデモ盤」に認定してもいいレベル。この演奏についてはこれ以上語る気もありません。ただし、これはどう聴いてもスタジオ録音なのですが、このニーベルングの指輪全曲(モラルトは全曲を録音している)を初めてスタジオ録音したのではないかと思います。録音の音質は良好。
あと、モラルトという指揮者に付言すると彼はリヒャルト・シュトラウスの甥で、指揮ぶりは「細部拡大主義」といっていい芸風です。おじの作品のような絢爛な響きを指揮で引き出す手腕が特徴。この神々の黄昏はだめでしたが、今はパルジファルも取り寄せており、そちらはウィーンフィルの演奏なので期待できます。合う合わないは別として、優れた指揮者なのは確かです。
実はこのCD、CD4の余白にエルメンドルフ指揮の同じく神々の黄昏第三幕がほぼ全曲入っており(はじめのジークフリートとラインの乙女の会話だけなし)、これがまた・・・異常な名演。私の聴いたところ、神々の黄昏の最高の名演はエルメンドルフ盤ではないか。この二つをカップリングしたのはモラルトの演奏に対する当てつけではないかと思ってしまいます。
・ワーグナー:『神々の黄昏』第三幕
セット・スヴァンホルム(ジークフリート)
マルタ・フックス(ブリュンヒルデ)
フリードリヒ・ダールベルク(ハーゲン)
エグモント・コッホ(グンター)
エルザ・フィッシャー(グートルーネ)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
カール・エルメンドルフ(指揮)
録音:1942年7月21日、バイロイト(ライヴ、モノラル)
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全曲盤も出ていますが、これは絶対に聴くべき名演です。音質も信じられないほどいい。いずれこれだけで記事に書きます。
・ワーグナー:『神々の黄昏』全曲
セット・スヴァンホルム(ジークフリート)
マルタ・フックス(ブリュンヒルデ)
フリードリヒ・ダールベルク(ハーゲン)
エグモント・コッホ(グンター)
エルザ・フィッシャー(グートルーネ)
ロベルト・ブルク(アルベリヒ)
カミラ・カラーブ(ワルトラウテ)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
カール・エルメンドルフ(指揮)
録音:1942年7月21日、バイロイト(ライヴ、モノラル)
ストコフスキーのヴィヴァルディ「四季」とヘンデル「メサイア」
ストコフスキー指揮のヴィヴァルディ「四季」とヘンデルの「メサイア」を買いました。


【CD1】
■ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集《四季》
ヒュー・ビーン(ヴァイオリン)
チャールズ・スピンクス(チェンバロ)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
レオポルド・ストコフスキー(指揮)
【CD2】
■ヘンデル:オラトリオ《メサイア》ハイライト
シーラ・アームスロリング(ソプラノ)
ノーマ・プロクター(コントラルト)
ケニース・ボーエン(テナー)
ジョン・キャメロン(バス)
チャールズ・スピンクス(チェンバロ)
フィリップ・レッジャー(オルガン)
ロンドン交響楽団&合唱団
レオポルド・ストコフスキー(指揮)
---------------------------------------------
収録順ではヴィヴァルディの四季が先だけど、私はもっぱらメサイア目当てで買ったのでまずそちらから聴きました。
これはまた・・・、音程がピシッと決まってる。だいたいストコフスキーを聴く魅力のひとつは彼の縦横無尽のオケコントロールを聴くことにあるのですが、 この演奏は合唱もオケと同じくいくらドライブしても音程が全く外れず、一糸乱れぬアンサンブルで歌い抜くのですから驚異です。これは聴いていて快感。おまけにスタジオでのほぼ完全な一発録りというのですから、ストコフスキーのオケと合唱の統制力がいかに優れていたかを示す例証でしょう。解釈もきわめてオーセンティックなもので、これはお勧めできます。
ヴィヴァルディの四季のほうは今は古楽器演奏が常識だし、これはどんなもんじゃらほい、と思いながら聴き始めましたが、やはりストコフスキーのオケの操縦がうまい。弦のアンサンブルなど聴いてるとほとんどスーパーカーを乗り回しているかのように機能的でスタイリッシュ。ソロも非常にうまいですが、なんだか弦合奏からそのまま抜け出してきたようで、几帳面さを感じさせて、このバロックの破天荒な協奏曲としての性格からは全然似合いません。楽章の終結のカデンツで露骨なほどテンポを落としたり、「夏」の各楽章で極端な情景描写をするのもストコフスキーの面目躍如。ストコフスキー流満載です。
あと、これは音質が非常に良い。私はオーディオは全然こだわらないし、マスタリング技術などもそれほど詳しくないのですが、やはりこれは特殊なマスタリングとのこと。オーディオマニアが聴いたら恐らく喜ぶでしょう。これが二枚で1600円ほどで手に入ったので儲け儲けです。
【CD1】
■ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集《四季》
ヒュー・ビーン(ヴァイオリン)
チャールズ・スピンクス(チェンバロ)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
レオポルド・ストコフスキー(指揮)
【CD2】
■ヘンデル:オラトリオ《メサイア》ハイライト
シーラ・アームスロリング(ソプラノ)
ノーマ・プロクター(コントラルト)
ケニース・ボーエン(テナー)
ジョン・キャメロン(バス)
チャールズ・スピンクス(チェンバロ)
フィリップ・レッジャー(オルガン)
ロンドン交響楽団&合唱団
レオポルド・ストコフスキー(指揮)
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収録順ではヴィヴァルディの四季が先だけど、私はもっぱらメサイア目当てで買ったのでまずそちらから聴きました。
これはまた・・・、音程がピシッと決まってる。だいたいストコフスキーを聴く魅力のひとつは彼の縦横無尽のオケコントロールを聴くことにあるのですが、 この演奏は合唱もオケと同じくいくらドライブしても音程が全く外れず、一糸乱れぬアンサンブルで歌い抜くのですから驚異です。これは聴いていて快感。おまけにスタジオでのほぼ完全な一発録りというのですから、ストコフスキーのオケと合唱の統制力がいかに優れていたかを示す例証でしょう。解釈もきわめてオーセンティックなもので、これはお勧めできます。
ヴィヴァルディの四季のほうは今は古楽器演奏が常識だし、これはどんなもんじゃらほい、と思いながら聴き始めましたが、やはりストコフスキーのオケの操縦がうまい。弦のアンサンブルなど聴いてるとほとんどスーパーカーを乗り回しているかのように機能的でスタイリッシュ。ソロも非常にうまいですが、なんだか弦合奏からそのまま抜け出してきたようで、几帳面さを感じさせて、このバロックの破天荒な協奏曲としての性格からは全然似合いません。楽章の終結のカデンツで露骨なほどテンポを落としたり、「夏」の各楽章で極端な情景描写をするのもストコフスキーの面目躍如。ストコフスキー流満載です。
あと、これは音質が非常に良い。私はオーディオは全然こだわらないし、マスタリング技術などもそれほど詳しくないのですが、やはりこれは特殊なマスタリングとのこと。オーディオマニアが聴いたら恐らく喜ぶでしょう。これが二枚で1600円ほどで手に入ったので儲け儲けです。
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